ミニドカスイングバンドについて
(歴史)
- オレゴン州ポートランド市を基盤とするミニドカスイングバンド(MSB)は第二次世界大戦中、日系人強制収容所で生活を余儀なくされた囚人たちの歴史と功績を若者たちに伝承する目的で2007年9月に形成された。
- MSBの若者たちが大学などに行くようになりバンドから去っていく者が多くなってくるにつれ理解のあるコミュニティから「大人の」演奏者たちがバンドに入ってくるようになる。人や時が変わってもMSBの目的は変わることなく現在に受け継がれている。
- MSBはアメリカで唯一現存する日系人強制収容所経験者と彼らの子孫によるバンドとなった。
(現在)
- MSBはかつて収容所内で毎週土曜日に行われていたダンスパーティーでのライブ演奏で人気の高かったビッグバンドのスイングをハイライトに演奏活動をしている。
- MSBは当時の曲の演奏を通じ日系アメリカ人の歴史を後世に伝える事をミッションとしている。
- 大部分のメンバーは第二次世界大戦中、日系人強制収容所で生活をした経験のある者たちとその家族(子孫)たちである。メンバーたちの年齢層は10代の高校生の若者から90歳代までと幅広く、またメンバー全員が何らかの日系人団体にかかわっている。
- MSBはNPO(Portland JACL)で寄金で活動を運営している。
- ラリー・ノボリをリーダーとするMSBは現在(2014年8月)22名のメンバーを有するビッグバンドである。
- 得意とするビッグバンドミュージックは「ブギウギビュゴボーイ」「センチメンタルジャ-ニー」「ムーンライトセレナーデ」「アメリカンパトロール」「タキシードジャンクション」「オールオブミィ」などで、これ以外にも演奏のできる多くのリストを抱えている。(ホームページ参照)
- 日本で特に人気のある「センチメンタルジャ-ニー」はMSBトランペット奏者リック・ホーマーの父親が作曲した曲でリックのトランペットソロも素晴らしいが一緒に演奏するMSBの「センチメンタルジャーニー」は日系人収容所にいた彼らが収容所から解放された後も続いた試練ある人生のジャーニーと相まって言葉にできぬ重みと感動を与える。
最後に最近の地方新聞から、
北米新聞、佐々木志峰記者(シアトル、ワシントン州)
Napostnorthwest
June 26, 2014 0
ミニドカ・スウィングバンドの演奏。
第二次世界大戦下に地元から強制退去を受けた日系人の最初の「集合地」となったピュアラップのフェアグランド。その後の移送先となった日系人収容所の存在
に隠れがちとなる「思い出の地」で先週、地元日系関係者らによって組織される歴史保存委員会「キャンプハーモニー委員会」がメソジスト教会のノースウエス
ト地区会議に参加。当地で生まれ育った二世が体験を披露するとともに展示ブースを設け、会場となったフェアグランドの歴史や日系史の一端を600人を超え
る参加者に紹介した。
20日午前の特別礼拝ではポートランドの日系ミュージシャンを中心とし、音楽を通して当時の記憶を伝え続けているミネドカ・スウィングバンドが公演した。
同グループは第二次世界大戦終戦70周年となる来年9月に日本で公演予定。バンドに関する情報はwww.minidokaswingband.comま
で。
(記事・写真 = 佐々木 志峰)